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069「砂漠の中の住まいと庭」(2019年5月号)

昨年の9月にカリフォルニアの北東部に位置するManzanarを訪れました。この名はご存知の方も多いかと思います。それは大戦中に米国在住の日系市民が強制的に収容された収容所があった場所で、今では国の歴史遺産として当時の建物と庭が復元されています。今回この記事では、そこの住まいと庭に焦点を絞ってみたいと思います。

この収容所には1万人を超える日系人が800棟を超えるバラックと呼ばれる簡素な建物に住まわされていました。壁は板にタールペーパーを打ちつけただけで断熱材などは無く、隙間だらけで砂漠特有の砂嵐が吹くと砂が隙間から入り込み、水道、トイレ、シャワーなどは外の共同施設、食事は大食堂で、これらはすべて長い列で順番待ちの末に使えたようです。1942年開設当時の写真には、整然と並んでいるバラック以外に草木は生えていません。

それまでは普通の市民であったのに、持ち物はスーツケースのみ許されて、ここに放り込まれた人たちが到着する映像が残っています。過酷な自然環境で、夏は気温40度以上、そしてたびたびある砂嵐、冬は零下20度にもなるのでした。そんな状況下で、人々の中から庭を造る活動が生まれてきました、きっかけは食堂の長い順番待ちの人を癒したい、それには池のある庭を造りたいというものでした。当時この収容所には、造園、庭師、農業関係の人が多くいて、そのため造園活動が活発になり、バラックの周りに菜園や小さな庭などが造られました。また大規模な庭園なども幾つか造られて、それには大きな池などもありました。復元された庭には水こそ入っていませんが、当時の写真を見ると池の周りにくつろぐ人々のリラックスした姿が多く残っています。

砂漠なのにどうしてこんなに水を使えるのかといいますと、近くにシェラネバタ山系からの雪解け水のクリークがあることと、敷地内を深く掘ると地下水が出るので、これを利用していました。

庭に使う石はクリーク付近のものを使っていました。植物はなんと、シアーズのカタログ販売で種を購入して、草や花を増やしたり、砂漠の低木をも掘り起こして移植していました。

当時の人々の回想録には、必ずというほど庭に関わるものがあります。庭作りや菜園、花壇の手入れなどに癒しを見出したこと、作業を終えて庭にくつろぐ喜び、子供は水遊びとピクニック、それはすべて緑と水に癒されたことでした。

日本は水の国、どんな風景をとっても水分を感じるます。その風景を砂漠に住む環境に少しでも取り入れることで、心の癒しを得る庭の存在、まさに住まいと庭の関係をまざまざと感じさせられた旅でした。