記事・出版物 Articles & Publications リストへ戻る

072「接着剤と木材」(2019年10月号)


「居候、角な座敷を丸く掃き」という川柳があります。ロボット掃除機ですら隅までキチンとやるのは少ないので、気楽な居候ならましてでしょうが、元来、自然体とは何かと丸いもの。木もそう。ところが江戸の昔から世間のほうは丸くはなくて…。都合、丸い木を四角く切ることになります。しかし、丸と四角の相性はいまいち。また、元の丸太よりも幅広な材は切り取れないのに、太い木は昔から希少です。

そこで、接着剤の登場です。古典例は、いわゆるベニヤ板(plywood)。これは、丸太を大根のように桂剥きにし、得られた薄い板 (これをベニヤと呼ぶ) を、一層ずつ、縦・横と向きを交互に、何枚も貼り合わせたものです。こうして「丸-四角問題」と「幅広板問題」を同時にクリアしたのは、コロンブスの卵的と言えましょう。余談ながら、この桂剥きマシーンを発明したのは、アルフレッド・ノーベルのお父さん。これで成した財で息子さんの教育を賄えたわけですから、木とノーベル賞の因縁はなかなか。

戦間期にドイツにおいてフェノール樹脂系接着剤の性能が向上してくると、もっと細かい木片や、さらには木繊維を接着剤で固めた素材が登場しました(現在OSBやParticle board, MDFなどと呼ばれるもの)。これで従来は捨てていた部分や、廃材が活用できるように。また材木としては強度や形状が不良でも、ひこばえから復活して再生が速い、などの長所をもつ樹種が活用可能となりました。また細かな材料を接着剤で統合する手法により、素材の調合や物性の柔軟な制御ができるようになりました。これは大量生産の工業製品として、人々のふつうな暮らしを支えるのに必須な特性の一つです。

最近の話題といえば、CLT でしょうか。これはCross Laminated Timber の略で、ポンチ絵のように木を直交積層接着した新材料です。梁・柱と壁を兼ねるような強度があり、設計施工の容易さ、工期短縮も売りです。地元ではUBC の Brock Commons が
有名で、17階建の高層木造ビルは圧巻。遅れて日本でも利用に緒がついたところです。日本の高温多湿は CLT にとって経験が浅いため、経年劣化には注意が要りそうですが…。

こういう具合で、奔放な自然と、規格重視の工業とを仲介する接着剤のおかげで木の高効率な利用が成立します。未活用の木が自然に朽ちれば炭酸ガス(CO2)発生源となる一方、建材でいる間はCO2の封じ込めができますし、伐採後に生える木が新たにCO2を吸収することにもご注目。木と接着剤の協同は環境保全にも貢献していると言えましょう。