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107「巡りあうもの」(2022年10月号)

住宅の設計に携わって以来、初めて火事で焼失した家の建て直しという案件に関わることになりました。

この案件の依頼主はドイツ系カナダ人のご夫婦で私とは何の接点もなく、なぜ私に今回の話が舞い込んで来たのか全く思い当たる所がありませんでした。

冒頭に頭をよぎったことは、家財を失くした人に対してどう接して良いのか、またどんな気使いをしたらと良いのかという事でした。何はともあれ、現地を観てそして話を聞いてみることにしました。

打合わせ時間の 10 分前に現場に到着し、物件の外を見て廻わりました。正面は無傷のように見えますが裏側は焼け焦げて黒墨になっており、また両隣の家の外壁は熱で変形し剝がれ落ちかけていました。見ていてあまり良い気分にはなりません。

暫くすると、オーナー夫妻が到着し向こうから「コンニチワ」と日本語で挨拶を受けました。不思議なものでこの挨拶で私の気が一瞬フワッと軽くなった感じがしました。

建設業者の到着を待って全員で家の中に入りました。中はまだ建材の焼けた匂いが充満しており、足元は放水時の水でじめっとしています。壁の穴は合板で塞がれていてわずかに焼け残った窓からの入る光のみの薄暗い中をオーナーの後ろに付いて進みます。

私はオーナーの案内に沿ってそこにあっただろう部屋を頭の中でイメージし組み立てながら空間全体を把握していきます。

先ず一階の空間のイメージを繋げて感じたのは、『この一階のキッチン、ダイニング、リビングは薄暗かったのでは』ということでした。それをふと口にしてしまい、ああ余分な事を言ってしまったと思った矢先に、「そうなんです、特にリビングが薄暗くて、日中ここには殆ど居ませんでした。どうにかしたいと思っていまして」とご夫人がつぶやかれました。

二階に上がると屋根に幾つもの大穴が開いており青空が覗いていました。瞬く間に火が屋根裏伝いに各寝室に到達した様子が伺えます。それを見て何より無事で良かった事を伝えました。ご夫人は床に落ちていた何かを拾い上げ、それをじっと見つめていました。私は屋根に開いた穴から見える空を見ながら「スカイライトがあると明るくて快適になりそうですね」と今度は明る目なジョークを飛ばしたら、「これだけ明るくなると良いですね」とポジティブに答えが返ってきました。

その後、感傷的な雰囲気はすっかり無くなり、逆に部屋のプランをどう改善できるかアイデアを求められました。私は瓦礫の上に新しい空間のイメージを重ねながら思い付くままに言葉と手振りで説明していきます。熱心に話を聞いてくれているご夫人の目に少し光が見えたような気がしました。

現場を一廻りした後、ご夫婦の仮住まいに案内され、そこでこれ迄のいきさつを聞きました。その話の中で、ご夫人は 80 年代初頭に日本を旅して廻ったことがあり、その時に訪れた先々で人に親切にしてもらい深い感銘を受けた経験を聞きかせてくれました。私はようやくこれ迄の事が府に落ちたのでした。初対面なのになぜか信頼されている様な感じを受けていたのか。そして 40 年も前に日本人が見ず知らずの外国人旅行者へほどこした善意善行が海を渡って私とのご縁に結びついたのだと分かった時、とても感慨深い思いに浸りました。日本人の本質は昔も今もかわっていない。そして「日本人の真心、ありがとう」と心の中でつぶやいたのでした。