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115「命がけの照明係の家」(2023年06月号)
By 高久英輔 (Eisuke Takahisa), Synergy Semiochemicals Corporation
バンクーバーの夏、「夜の夕暮れ」は良いものですね。UBCに通っていたころは、崖を下って WreckBeachに行くこともありました(灯りを持たないと帰りが大変なので注意)。このヌーディスト・ビーチを北に向かったことがある方は、落書きだらけのコンクリートの塔が海辺に佇んでいるのを見たことでしょう。独特な威容を放つこの建造物、実は第二次世界大戦時の遺構なのです。この手の廃墟は現代日本だったら安全安心とやらの名目で、撤去されてしまうんでしょうが、この自己責任&放置がカナダらしくて好き。おかげで良い感じの Wabi-sabi感が醸し出されています。
タワーの海に面した正面上部の開口部は探照灯用で、日本軍が Burrard inlet に侵入したら、ここから照らして砲撃の助けにする、という趣旨だったそうです。もちろん、そんなことをしたら闇夜に提灯を掲げるようなものですから、反撃に備えてコンクリート製の建物に収納されているのでしょう。何やら笑い話のように聞こえなくもない話ですが、実際に日本海軍の伊号潜水艦がバンクーバー島西岸に到達、カナダ軍のレーダー基地局を砲撃している事実があるので、あながち絵空事の心配でも無かったようです。
もちろん、敵をやっつけるには光を当てるだけでは不十分で弾を当てなきゃなりませんので、砲撃するための陣地もありました。こちらには主力クラスの砲が設置されているわけですから、敵から見えないところに配置するのが定石です。敵から見えなければ、こちらからも敵が見えませんが、ここで間接射撃という技法が使われます。すなわち、探照灯タワーとは別の場所に、敵の位置を測量して砲台からの距離や方角を調べる兵員 (観測員) を配置し、そこから砲台(指揮所)に情報を伝達して、砲の向きを修正しつつ、敵艦を砲撃していく、という仕組みです。ちなみに、間接射撃は英軍の発明で、それゆえカナダ軍も得意としていたことと思います。一連のシステムを包括して Point Grey Battery と呼んでいました。
肝心の砲撃陣地の場所はというと、今の UBC の人類学博物館の位置にありました。行ってみればわかりますが、この場所は崖の近くに行かないと微妙に海は見えず、ちょうど崖のおかげで海側からは視界が遮られているという好都合な陣地になっています。戦後、軍が撤収してからは UBC の学生寮になっていたそうで、その後、人類学博物館に改造されたという経緯があるので、砲撃陣地が博物館の場所にあった、というよりは、陣地が博物館になった、という方が正確な表現かもしれません。
さて、博物館の目玉展示と言えば、The Ravenand the First Men ですが、ここが旋回砲塔の跡なんですね。天井の円形の意匠は、かつて巨大な大砲を収めていた穴を再活用しているのです。これはこれで建築学としてひとつの美を感じます。とかく歴史ある建物が撤去の憂き目に遭いやすい日本において、参考になる例ではないでしょうか。
最後に、この砲台が実際に干戈を交えることはなかったということを、念のため付記しておきましょう。