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119「古くて新しい『建築生物学』バウビオロギー」(2023年10月号)
By 吉武政治 (Matthew Yoshitake), Cascadia Ecohomes Ltd.
バウビオロギー(Baubiologie)という言葉を聞かれたことはあるでしょうか?
約150年前にオーストリア・スイス・ドイツの国境付近で生まれた言葉で、直訳するとバウ(建築)ビオ(生命)ロゴス(精神)を組み合わせた造語「建築生物学」となります。一言で表すと構造物を建築学のみで捉えるのではなく、構築された環境が広く自然と生物に及ぼす影響を扱う学問ということです。同じような考え方である「パッシブハウス」が太陽や風、自然環境を利用した省エネ建築であるのに対して、バウビオロギー建築では人の健康や地球上の生命、生態系との調和などが盛り込まれることになります。
バウビオロギーには、「快適な室内環境」「建材の選択」「空間の造形」「持続可能な環境の形成」そして「エコ・ソーシャルな生活空間」という5大項目があり、さらにそれぞれ5つの小項目からなる25の指針によって成り立っています。今回はその5大項目すべてに渡って含まれている、4つの環境要素についてお話しします。【空気】
より気密性の高い空間が求められる現代において、建材や家具などから発生する化学物質の影響がない建築を目指しており、更に人が生活することで発生する二酸化炭素濃度については800ppm以下になるよう換気を行うことが奨励されている。【温熱環境】
自然環境を考慮したパッシブデザインを取り入れて、冬暖かく夏涼しい家づくりを実践する。特に冬期はリビングスペースと、風呂場や脱衣室の気温差をなくしてヒートショックを防ぎ、夏場は熱中症を引き起こさないための様々な対策を講じる。【湿度】
室内の湿度が70%を超えると、カビやダニの増殖などで空気が汚染され、アレルギーやアトピーの原因になると言われている。近年乾燥した空気下ではウイルス感染のリスクを心配する声もあるが、健康的な家づくりには湿度を40-60%に維持することが望まれており、調湿効果が期待できる自然由来の内装材を使用し換気を適切に行えるよう設計する。【電磁波】
一般の建築基準ではあまり聞きなれない要素であり、バウビオロギー建築の大きな特徴とも言える電磁波対策だが、健康先進国のスウェーデンでは、電磁波の安全基準が「電場25v/m、磁場2.5mG」と定められている。経済成長と技術の発展によって家庭内でのコンセントや電気製品の10 OFFふれいざー数、配線ケーブルは劇的に増加しており、電気の副作用である電磁波も増え続けている。前述の化学物質と同じように目に見えないだけでなく臭いもないことからその影響が軽視される傾向にあり、たいへん貴重な要素と言える。
ドイツでは1970年代に「シック・ビルディング・シンドローム」が発見され「予防原則」という考え方が一般的となり、1980年に作られたバウビオロギー25の指針にもこの予防原則が貫かれています。日本でも高度成長期から大量生産され始めた住宅で、90年代になりようやくシックハウス症候群が認知されるようになりましたが、同じタイミングで増加が始まった現代病であるアトピーやアレルギー、ぜんそくなどは少なからず室内環境が影響していると考えられています。そして近年のリモートワークによって自宅で過ごす時間が増えることで更なる増加も心配されます。
長い歴史のバウビオロギーに、近年のパッシブハウスやLEED環境建築基準が盛り込まれていたことに驚くと同時に、SDGsの観点からも持続可能な建築の指針となるバウビオロギーを見直すべきではないでしょうか。