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061「香りと森林」(2018年9月号)

リッチモンドで泥炭地火災がありました。事態の深刻さに反しつつも、燃え行く草木の放つ煙の匂いに、お寺の香のような、ほのかな懐かしさを不思議と感じました。

古来よりこのような心理効果が知られ、Merriam-Webster によれば Perfume の語源はラテン語の per fumar ( 煙によって ) とのこと。キリスト教ではイエス生誕を祝福する東方の三博士が、黄金・乳香・没薬を捧げたと伝わります (Matt 2:11)。黄金と比肩する後二者も、儀式の際に焚いて芳香を用いるものでした。そのどちらも木の生産する樹脂の一種なのです ( 焚の字では火の上に木があります)。建築材として重要な木の構造と、その香りとの関りを見てまいりましょう。
経済からみた場合、木の重要な部分は中心に近い心材です。一方、木の目線で見た場合、高くそびえ、エサ ( 光 ) を有利に得るという、構造としての心材の役割はあるものの、それは既に死んだ細胞の、ミイラの塊にすぎません。木の命と成長を担う部分は、むしろ樹皮の直下の薄い層なのです。光合成による仕事の成果物は、ここを移動し、蓄えられています。メープルシロップはこの成果を頂戴しているものですし、葉っぱを出す前に花を咲かす桜なども、この貯金を使っています。この肝心な所を鹿や熊などに食べ尽くされると、ただの外側と侮るなかれ、大木ですら枯れてしまいます。つまり、人間などの動物は芯に近づくほど大切なものが詰まっていますが ( 肉を切らせて骨を断つ、などと言います )、木の場合は、ほぼ逆で、外側に近い部位に生命のカギがあります。大きく成長するための仕組みが、難儀の元なのです。

しかも、木には筋肉がありませんし、神経や脳もありません。そこで、虫やカビ、細菌の害というピンチにあって利用しているのが、いわば化学兵器としての香りの成分なのです。これで菌や虫をやっつけようというわけで、現に虫に傷つけられると樹脂・精油の分泌が増えることが知られています。また、食害を受けると、周りに危険が近いことを教える目的で香りが放出されることもありますし、虫の唾液から種類を判別し、その虫の天敵を呼び寄せる香りを出して、代わりにやっつけてもらう、ということをする木もあります。香りは兵器であると同時に情報媒体でもあるのです。古来、人類はこれを防腐・防虫等に流用してきました。ヒノキ精油の防腐性や樟脳 ( クスノキの精油の主成分 ) の防虫効果はよく知られているところです。

さて、化学兵器・情報媒体たる木の香りが、森林浴を通じて人間の健康に好影響を及ぼすとされ、メカニズムの解明が進んでいます。難しい話は抜きに、ストレス・疲労が軽減したり、免疫系が活発になったりして健康に良いのです。しかし、how に比べると why は難しいです。There ain’t no such thing as a free lunch と言うので、木のほうにも目論見があると踏むべきでしょう。だとすれば、鹿除けとしてヒトは森に招待されているのかもしれません。いや、あるいは熊の目線を別のご馳走に逸らすためかもしれませんが…。