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103「『住まい』を改めて考え直す」(2022年06月号)

2020年9月号で『住まいの新しい価値を考える』と題して「住まいの音について」記事を書かせてもらいましたが、コロナ感染拡大が始まり2年半が過ぎている中、コロナ禍は日々の生活に大きな変化をもたらしただけでなく、感染を防ぐため人との接触が激減し、リモートワークやオンライン会議が日常的におこなわれるようになりました。それは普段の生活の変化だけでなく、人と人が顔を突き合わせて気づく相手の想いや温度感、また直接人と会って初めて感じる安堵感や共感が薄れ、精神的なストレスにもつながっているのかもしれません。
「住まい」に滞在する時間が飛躍的に増えた事で、人々の「住まい」についての思いも変化しつつあるのではないでしょうか? そこで『住まいの新しい価値』を考え直し、今回は「住まい×季節」と「住まい×知恵と工夫」について書いてみたいと思います。

梅雨時を楽しむための「住まい」の知恵と工夫

京都は、三方を山に囲まれた盆地です。夏は蒸し暑く冬は比叡山からの吹きおろしで底冷えすると言われ、四季を通じて大変住み難い土地だとも言われています。地元京都人は、最も過ごし難い6月の梅雨時から7月の祇園祭り、そして8月の大文字送りまでを「値打ちのある暑さ」と、気取った言い方で表します。
私の生まれ育った京都・北野の界隈は、苔むした古いお寺や昔ながらの京町家が軒を連ねています。そして丁度この季節、梅雨の切れ間に住まいを夏向きし設(しつら)える「建具替え」という風習があります。それは例えば、襖(ふすま)を簀戸(すど)にし、障子(しょうじ)を御簾(みす)に替え、畳を籐筵(とうむしろ)に設(しつら)えることで、風通しを良くし、蒸し暑い夏を快適に過ごすための「知恵と工夫」をこらし、季節を直に感じ、愉しむための「衣替え」をするのです。
また梅雨入りの時期からもう一つ京都の風物詩と言われている「納涼床」が始まります。これは京都市街に流れる鴨川や京都北部の貴船の川沿いに座敷を設け、この蒸し暑い季節に涼しく料理を ” 愉しむ ” 洒落た「知恵と工夫」として知られています。

『住まい』の お・も・て・な・し の心

この時期、鴨川沿いは納涼床で大変な賑わいですが、料亭内の席はひっそりと静まり返っています。なぜだか分かりますか? 夏の暑い時期、京都は蒸し暑い日が続き、夕方には激しいにわか雨が降ることが多くあります。繁忙期にもかかわらず、料亭内の席は雨に降られた桟敷(さじき)のお客様のためにわざわざ空けておくのです。「お客様には一々申し上げないが、お客様のことを考え、大切にお出迎えするのです」と料亭のご主人から聞いて、こういった主人のおもてなしの心根がお客様の心に温かく届くのだなあと、感心しました。
「お・も・て・な・し」の由来は、主人が客人に対して『表裏がない』対応を心掛けるということだそうです。コロナ禍で、大切な友人や仲間と膝を交えて話すことも少なくなっているかもしれません。そんな中『住まいの主(あるじ)』は、家を支える柱のような存在であり、迎える客人のことを想い、住まいの知恵と工夫で温かくお迎えしてはいかがでしょうか?