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117「国と地域によって異なる資格」(2023年08月号)

数号前に、カナダにおいてアーキテクトの資格を取得する手順と方法に関する記事が掲載されました。改めてその内容を見て、そのハードルの高さを思い知らされます。一般的には、カナダ建築学部で修士を終了してから就職をし、4年から6年で資格を取得するのが私の知るところです。他国で資格を持って移民としてカナダに来た場合、カナダで求められる基準と経験をクリアするのに最低8年から10年を要し、その後、試験を受けることになります。
この期間について、長いのか短いのかは、逆に日本で外国の方が建築士の資格をとることに置き換えて考えてみれば、見当が付くかと思われます。先ず何を始めるにしろ日本語という言語の壁が立ちはだかります。語学習得に数年、そして実際に日本人スタッフとコミュニケーションをとってプロジェクトが進められるまでになるのに更に数年。次にやっと資格試験に挑戦して、また数年が掛かることでしょう。特に英語圏から訪日された方には過酷日々を、遠いゴールを目指しての挑戦という事になるでしょう。実際にそれを成し遂げられた方はおられると聞くと、とても頭が下がる思いになります。
なぜ国によって別の資格が要求されるかというと、建築は実際に建てられる土地に根差した仕事になるため、どうしてもローカルな市場、法規、規定などの要因に縛られ、それらのことに精通し、その土地で資格をもつアーキテクが必要になるのです。国の数だけ、その中でも州の数だけ独立した資格が存在しています。カナダでは州をまたいで仕事をするには複数の資格登録が必要になります。微妙にそれぞれの土地で慣習が異なり、それを基にして規範がつくられているからです。とりわけバンクーバーは群を抜いて複雑になっています。
昨今ではインターナショナルに活躍されるアーキテクトが多くなりましたが、それでもプロジェクト進行には、やはり建設現場のある国、地域のアーキテクまたはゼネコンとのコラボレーションすることが基本となります。私もまた多くの外国籍のアーキテクト達と仕事をした経験がありますが、お国柄以外に、考えかた、仕事の進めかたも、それぞれになりますので、スタートはバラバラな所から始まりま10 OFFふれいざーす。どこかでローカルなルールを設定し、そのルールに皆が同意し従うことで、チームとしてやっと機能して行きます。こういった、理解と了承のもとで物事が進められるやり方は、日本の言葉にある“郷に入れば郷に従え“という慣習を重視した進め方そのもので、これが最も効果的であることも経験をもって理解をしています。
以前のことになりますが、私は別にもっと良い方法があってもいいのではと考えたこともあります。過去にも、誰かが国際間で一つの資格をと唱えていたこともありました。今思うに、もし仮に将来、国家間で資格が一つになることがあるとしたら、おそらくそれはペーパー試験ではなく、複数の国でプロジェクトとチームマネージメントを経験した実績に基づくものになるのではないかと思うのです。もし技術や知識がベースになった資格であるならば、それは今時のAIにお任せすれば良い分けで、アーキテクトという職能が唯一残る道は、おそらく国、地域、文化、慣習、ひいては人、個々の違いがくみ取れる能力になるのではないかと思う次第です。