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120「雨とオッペンハイマー」(2023年11月号)
By 高久英輔 Ph.D. (Eisuke Takahisa), Synergy Semiochemicals Corporation
電気代が気になる季節。とはいえ、当地の家庭用は 1 kWh 9.75 セントで、2ヶ月間に 1350 kWhまでこの料率という太っ腹。東京では、同30円で、しかもこの料率は月の最初の 120 kWh までなので、冬、冷蔵庫のような家で我慢していても、電気代に苦しむのは道理というもの。その点、こちら、水力が9割の発電シェアなのは得です。人口希薄な山岳地が多いためダム建設の問題が割に少なく、海からの湿気が山に当たり雨雪が豊富なので向いているのです。テスラがうようよ走っているのも、金持ち街だからという以上に、EVが makesense だからでしょう。
さて、のどかな話のあとでアレですが、この電力が第二次大戦で大きな役割を果たしたことはご存じですか。実は、戦時中、プルトニウム製造に必要な素材を BC 州の奥地 (Trail) で調製していたのですが、ここで電力が活用されています。その素材というのは、重水といって、水(H2O) の水素(H) が普通のものより“重い”、重水素に置き換わっている特殊な水です。普通の水素は原子核が陽子だけですが、重水素のそれは陽子と中性子から成っています。蛇足ながら、このごろお騒がせのトリチウムは、三重水素とも呼ばれ、原子核が陽子と中性子2個から出来ています (三重水素は放射性ですが、重水素は放射能を持ちません-とはいえ重水は生化学的に有毒ですが)。
さて、重水素は、そこら辺の水にもごくわずかに含まれますが (0.015%くらい) それを濃くするのに電気分解が利用されたため、電力が安いことが要件だったのです。すなわち、水を電気分解すると、普通の”軽い”水の方が先にガス(水素と酸素)に分解され、重水が”煮詰まる”原理を利用しています。
再度、脱線ですが、同じ原理でトリチウム水を濃縮することも原理的には可能です(経済性は厳しいでしょうけども)。
得られた重水は、ウラン238からプルトニウム239を作るための中性子の減速材として重宝しました。難しい話は省きますが、中性子の「勢い」がありすぎるとウランの原子核と関わりにくいためです。このようにして、プルトニウム239を用意し、10 OFFふれいざー最近の映画でおなじみのトリニティ実験を経て、現在配備されている核兵器の全ての始祖である、長崎型 (爆縮レンズタイプ) 原爆が完成に至りました。
平和な一面もご紹介しますと、戦後、この重水製造ノウハウを活かして、カナダは加圧水型重水炉ともいうべきユニークな原子炉 (CANDU炉) を開発し、これは輸出もされています。なかでも、オンタリオ州にあるブルース原発は稼働中の原発では世界有数のもので、東部の経済を支えています。とはいえ、インドの核武装 (Smiling Buddha計画) に使われたプルトニウムはCANDU炉由来。科学の宿痾で、軍事と平和をシーソーのように行ったり来たりしているようです。
こんな塩梅で、当地の地理が人類に及ぼしている影響を考えると、バンクーバーの冬の長雨にも感慨が湧くものというものではありませんか。