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070「衣食住そして美」(2019年6月号)


一般に衣食住というが、人間の厄介なところはこれに美という不思議なものを加えないことには生きてゆけないとうことではないだろうか。衣の美、食の美、住の美といったところであろうが、これらに加えて言葉の美、視覚の美、聴覚の美さらに触覚の美。さらにさらに人間関係の美、つまり友人、夫婦、家族、そして村、町、国と世界の政治など。ここまで広げてしまうと”美“とは何かという面倒くさい議論になるのでここで一応やめることにする。
さて、私自身は現在は食の分野に所属しており農場にて野菜、果物を生産しているが少し前までは住の分野に深い関係を持つ庭の分野を生業としていた。庭ではその主役に生きている材料、つまり草木を使い(石庭を除いて)その多くは建物の外にあり、つまり屋外の出来事で自然と切っても切れない結びつきを持つ。庭の中心になる草木は日々成長し、また時には枯れるというドラマを季節ごと繰り返し人間と同じように歳月を経る。庭と建築の大きな違いはそれぞれの構成材料から見て、大雑把な言い方ではあるが、庭では生命をもつ物を使い、すでにそれを失ったものを使うのが建築と言い切れないであろうか。建築が日々成長し時に死んでしまっては困る。建築が完全に無機的なものであるとは言い難いであろうが庭はさらにそれに生命の息吹を加えているということで両者は対峙しつつも協調して住の美を完成するのが理想的でないだろうか。
次に、私の現在かかわっている食の分野について。
我が農場の主力生産物は日本の梨、ごぼう、にんにく、また苺、ブルーベリー、山芋、菊芋、クルミなど。他に野草のイラクサ、スベリヒユ、タラの芽、ふき、イタドリ、ブラックベリーなどなどが収穫できこれらを加工、発酵させてゴボウ茶、ストロベリー、梨ワイン、梨酢、梅干、プラム酒なども自家用に作っている。他には養蜂でハチミツも天から頂いている。有機栽培ではあるが、実は楽をして農業をしているだけで広い10エーカーを移動して肥料なし、農薬なしで営んでいる。したがって雑草と共存している野菜がほとんどの状態。以前は鶏で卵をとっていたが生き物を飼うと家を留守にもできず、現在いる動く物は5万匹のミツバチだけ。これだけ幅をひろげるとさすがに忙しすぎるので最近反省している。ほとんどが商業ベースにはならない趣味に毛の生えたような小規模な経営であるがここまで来るのに20数年かかってしまった。
若い時に瀬戸内海の小島の農民塾で自給自足が人間生活の美と叩き込まれ、いまだにその後遺症から立ち直れないでいる。自分自身が腹から納得できる美を探し出す苦労は並大抵ではなく、苦労すればするだけ美への理解は深まるであろう。私は冒頭に述べた美をそう定義するのだが如何であろうか。