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063「恩師 ビング・トム氏の3回忌に臨んで」(2018年11月号)

ビング・トムとはバンクーバーの建築家で、カナダの世界的に知られたアーサー・エリックソンの事務所で、ロブソンスクエア裁判事務所やトロントのロイ・トンプソン劇場のプロジェクトディレクターとして活躍。1982 年に独立し、UBC のチャンセンター、サレーの SFU キャンパスを手掛けた。2016 年 10 月 4 日、香港の中国オペラ劇場の現場打合せ中、脳溢血で他界した。

私が初めてビング・トム氏と会ったのは、1982年の秋も深まった 11 月の中頃だった。私は既に移民権を取り、ハワード / ヤノという事務所でドラフトマンとして仕事をしていた。やはり移住者という立場を考え、どんな仕事でもあれば喜んでやっていた。

1年くらい経っただろうか、妻の友人たちの噂でビングがエリックソン事務所を辞めて独立し、若い人材を捜していると聞き、インタビューしてもらったのが初めての対面だった。その時の彼の印象は、今でもはっきりと憶えている。そのキラキラした目と大きな笑顔は私の心を直ぐにとらえてしまった。その後、トロント生活を挟んで 26 年間彼と仕事をさせてもらった。私は、人との出会い、そして人間関係を大切にするモットーがあるが、彼との出会いはもとより、彼を通して知り合った人達で、後々知名になった方々が多い。

ところで、私は数々の仕事を通して彼から学び、私のビジネスの上でフィロソフィーになっている。それを幾つか 述べて行きたい。

最初に上げたいのは、“You have to be a good listener.”

これは勿論誰でも知っていることだ。ただ、人の言っていることを正確
に理解し、その要求成り批判成りに適切に応答するのは難しい。というのは、私たちには皆エゴが有り、それを通して理解しようとするので、勝手に誤解しがちだからだ。これを実践するには、大変な集中力がいるし、無心といえる心の状態を作らねばならない。私は未だに訓練中だ。

次にあげたいのは、“Don’t be afraid of failing. Everyone deserves 2nd chance.”

私は、このモットーに何度も励まされた。特にビングから習ったわけではない。けれども、小さい頃から失敗は許されずそれは恥と教え込まれた日本の習慣を考えれば、私には希望の大きな光に思えた。

というわけで、仕事場では部下たちにデザインの課題に独自の案をプロポーズする機会を与え、現場で問題が有れば自ら解決案を出し難題に向かうように指導し、期待が外れても畏縮させるような個人的な批判は絶対しない。ミステイクの大小に関わらずその経験から何かを学び成長すればよいのだ。